行政区の紹介

高江区(面積:25.92km2)

高江区は、大正13年にいくつかの集落が合して南方の宮城区から分区した新区である。その1区名、タケーが区名になっている。北側に所在するタケー・アラカー(高江・新川)、南側に位置するクルマ・ウフドウマイ(車・大泊)と分けて連称されている。
東村でも北側に位置し、国頭村と隣接する。山林が豊かなところで、それらの山が海岸まで迫る急傾斜地である。その高台に集落があり、また、新川川下流域に新川という集落がある。上流に新川ダムがある。南北の集落とは随分かけ離れている。ウーシックイと呼ばれているところが宮城区との境界である。

宮城区(面積:15.90km2)

宮城区は、平良湾から太平洋にぬける海岸線に沿う台地上に、大きく4つの集落に分れて展開している。いずれの集落も、北は標高100メートル以上の山地、南は海を望んで位置する。各集落間の距離はかなりあり、その間の道路ぞいは、パイン畑が連なる。最も西に位置するのが、公民館や主な拝所のある、いわば中心的な集落であり、ムラウチと呼ばれる。東方の集落は、各々ンザト(美里)、イノウガマ、イユ(魚)あるいはイエードマイ(魚泊)と呼ばれている。現在、宮城区は、ムラウチをはじめ各集落とも、パイン栽培をする農業が中心。

川田区(面積:15.43km2)

川田区は、方言でカータと呼ばれている。南は海に面して、東・西は北の山地から流れる2つの川で仕切られるように、集落は海岸沿いに展開している。西へ1キロ程いくと、県下最大のダム・福地ダムを控えた福地川が流れている。福地川中流近く、集落西北の尾根向こうにも、南北に細長く小集落がのびている。フクジマタと呼ばれる一帯である。戦前は、後方の山地から伐り出される木材や薪等の林産物が、主要な換金源であった。本島中・南部がその出荷先であり、「山原船」で運ばれていた。

平良区(面積:8.62km2)

太平洋に臨んだ平良湾の湾助部に位置する平良区は、村役場をはじめとし、公的機関が多く所在している。県道4号線を北上すれば、西海岸の塩屋湾に出て、大宜味村塩屋へと通じ、東海岸と西海岸とを結ぶ要所の区でもある。東側を流れている福地川は、沖縄本島最大級の川で、川田区との境をなす。西側には区内の平良と伊是名の2集落間に、潮上川、堆川の2つの川が流れている。かつては、平良・伊是名間は距離もあるうえ、潮上川を越すことがむずかしく、そのうえ山道を行くので、かなり難儀な往来を強いられたという。

慶佐次区(面積:10.07km2)

有銘湾に注ぐ慶佐次川下流の河岸沿いに慶佐次区は位置する。西側は川に面し、東側は丘陵が広がる。川の流域を除けばほとんど山地である。区背後の東側の山はヤーヌイーなどの名で呼ばれている。開墾がすすみ、パイン作りが盛んである。
慶佐次川は河口が湾になっており、かつては薪などを積み出す船でにぎわったという。慶佐次湾のマングローブ(ヒルギ)林は、昭和47年に国の天然 記念物に指定されており、沖縄本島における代表的なヒルギ林として知られている。

有銘区(面積:5.85km2)

有銘は方言でアルミと呼ばれる。有銘湾に注ぐ有銘川の河口、有銘小中学校の所在するのが中心となる区である。その他に、川の上流の谷合いや海岸沿いにも集落がある。戦前は集落によって生業が異なっていたようで、中心集落は主に農業とりわけ水田や甘藷づくりを行った。その他の諸集落は主に山仕事に従事し、甘藷も作っていた。有銘は、4つの集落からなり、中心は、ムラ、本部落、本字などとよばれ、その他は、ハルヤーという。ハルヤーの人々は、首里や那覇から移ってきた人々の子孫で、士族の末裔ともいわれる。


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